医学界新聞

寄稿 古結 敦士

2022.06.20 週刊医学界新聞(通常号):第3474号より

 近年,医学研究への情報通信技術(ICT)の応用が広がりつつある。その一つは,研究参加者の募集,インフォームド・コンセント,研究成果の共有といった,オンラインでの研究参加者とのさまざまなやりとりである。インターネットを用いることで,空間的・時間的な制約を受けない継続的なコミュニケーションが可能となり,十分な参加者を集めることが難しい希少疾患研究や,数十万人以上の規模になることもあるゲノムコホート研究に特に有益だと考えられている。さらに,ゲノム研究をはじめとして,時間の経過とともにデータが蓄積され,個々の解析結果の解釈が変化する可能性があるような医学研究では,参加者との長期的なコミュニケーションがより重要となる。こうした新しい医学研究の在り方を考える上でも,インターネットを介した研究参加者とのコミュニケーションは不可欠なものになると予想される。

 一方でインターネットを介したコミュニケーションは,新たに取り組むべき倫理的課題を生じさせる可能性がある。例えば,デジタルデバイドやプライバシー侵害の懸念,インフォームド・コンセントの際に提示される情報を研究参加者が十分に理解できているかの確認方法,オンライン上の認証方法などが挙げられる。ICTの恩恵を最大限に享受するためには,このような倫理的課題に適切に対処する必要がある。

 これまでのところ,このような倫理的課題は個別に議論されており,また,さまざまな場面での実際の利用方法を規定するような指針も存在していない。日本でも,2021年に制定,翌年に改正された「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」において電磁的方法によるインフォームド・コンセントに関する項が新設されたものの,研究参加者の募集や解析結果の返却といった他の研究プロセスへの言及はない。

 そこで,筆者らは「臨床研究のための倫理原則」1)を用いた分析をもとに,インターネットを介した研究参加者とのコミュニケーションを行う際に留意すべき事項をまとめ,倫理的枠組みとして提唱した(図1)2)

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図1 情報通信技術が関与する医学研究のガバナンスのためのフレームワーク(文献2をもとに作成)
左側の5つの枠は研究プロセスを,右側の3つの枠は全ての研究プロセスにかかわる観点を示している。それぞれの枠には,そのプロセスまたは観点に関する主なベンチマークが含まれている。

 この枠組みは8つのカテゴリーで構成され,図1の左側の5つは医学研究のプロセスを示す。「研究デザイン」は,インターネットを用いる目的と利点に関するものであり,インターネットの利用が科学的妥当性に影響を与えることも考慮する必要がある。「研究参加者の募集」は,オンラインで募集を行う際のリスクやプライバシーの保護に関するものである。「インフォームド・コンセント」には,提示される情報,研究参加者の理解などに関連する事項が含まれる。「データ通信」は,参加者自身がデータを管理する場合や,参加者自身のデバイスでデータが生成される場合を対象とする。「研究成果の普及・解析結果の返却」には,参加者個人だけでなく,研究対象となるコミュニティに関する事項も含まれる。

 残る右側の3つは,全ての研究プロセスにかかわる観点である。「研究へのアクセスとオンラインでの対話」には,セキュリティ,参加者の認証など,「研究の対象となる集団の参画」には,対象集団が参画するための戦略,責任と利益の分担などが挙げられる。「第三者による審査」には,複数の国をまたいで研究が行われる場合の審査の手順や,審査の際に注目すべき事項が含まれる。

 この枠組みに基づき筆者らは,研究者,患者パートナー,倫理審査委員会,研究助成機関向けの実践的なガイダンスを提案する(図22)。本ガイダンスは4つのステップで構成されているが,立場によって最初のステップは異なる。倫理審査委員会や研究助成機関の場合,技術やプライバシーリスクの観点から,倫理審査委員会がインターネットを利用した研究を適切に審査できるかどうかを最初に確認する。審査が難しい場合は,ICTの専門家の意見や文献を基に必要な知見を得る必要がある。

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図2 参加者とのオンライン・コミュニケーションを用いた医学研究を倫理的に行うためのガイダンス・チャート(文献2をもとに作成)

 ステップ2以降は,全ての関係者に該当する。ステップ2では,まず,各研究プロセスに電子的手法を用いる目的,利点,効果,および科学的妥当性への影響を明らかにする。次に,電子的手法を利用する予定の研究プロセスに関する倫理的課題に取り組む(具体的な課題は,図1の各カテゴリーを参照されたい)。倫理審査委員会は,これらの倫理的側面についても審査する。ステップ3と4は,全ての研究プロセスにかかわる観点に焦点を当てている。ある研究がインフォームド・コンセントのような一つのプロセスのみに電子的手法の利用を計画していたとしても,研究へのアクセスやオンラインでの対話,対象となる集団の参画に関連する倫理的課題に対処しなければならない。

 研究助成機関は,該当する倫理的課題への対処に取り組まれていることを確認するだけでなく,対処にかかる資金を確保することが望まれる。例えば,ステップ1でのICTの専門家への協力依頼や,ステップ3でのセキュリティ対策には資金が必要となる場合がある。

 今後,医学研究へのICTの活用はさらに広がりを見せるだろう。一方で,ルールや指針がなければ,実際の利用はなかなか進まない。本稿で示した倫理的枠組みやガイダンスにより,ICTを用いた研究が,よりよい形で進められることを期待する。


1)Emanuel EJ, et al., eds. The Oxford textbook of clinical research ethics. Oxford University Press;2008. pp123-35.
2)J Med Internet Res. 2022[PMID:35442208]

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大阪大学大学院医学系研究科 医の倫理と公共政策学 助教

2013年阪大医学部卒。4年間の臨床経験を経て,17年より阪大大学院医学系研究科。21年に博士号を取得し,同年より現職。研究ガバナンスを専門とし,主な研究テーマは新興技術のELSI・患者市民参画。