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向精神薬の副作用…万引き何度も 覚えがない

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薬への耐性と依存、服用量増加

 睡眠薬や抗不安薬などの 向精神薬の副作用 が社会問題になっている。減薬すると体調が悪化したり、薬に頼る気持ちが強まって過量服薬を繰り返したりする症状が中心だが、抑制が利かなくなって思わぬ行動をとる患者もいる。窃盗に及んだ例を紹介する。

向精神薬の副作用…万引き何度も 覚えがない

処方薬依存の患者がため込んでいた向精神薬などを手にする竹村さん(群馬県渋川市の赤城高原ホスピタルで)

 東北地方の40歳代の男性は今年初め、窃盗罪による2年超の懲役を終えて出所した。「ほしくもない物をなぜ盗んだのか。私も全く分からないのです」

 堅実な会社員生活を送っていた男性の転落のきっかけは、向精神薬の長期服用だった。十数年前、人前でうまく話せないことに悩み、受診した精神科クリニックで抗不安薬が処方された。

 「飲むとすぐに気持ちが楽になり、落ち着いて話すことができた。会議の前に必ず飲むようになった」

 だが、少量で効いたのは数か月だけで、量を増やさないと効果を実感できなくなった。薬の効果が切れることへの不安が強まり、薬を手放せなくなった。

 ベンゾジアゼピン系などの睡眠薬や抗不安薬を長期間服用すると、効果が薄れる「耐性」や、薬を減らすと心身の不調が起こる「依存」を招きやすい。こうした副作用で服薬量が増えると、泥酔時と似た「脱抑制」の状態に陥り、思わぬ行動に出る恐れがある。

 男性も、耐性と依存が起きて薬の量が増えていった。「ポケットやかばんに薬を入れ、不安がよぎる度にお菓子のように口に放り込んだ。頭がボーッとして、ストレスを一時的に忘れることはできたが、仕事でミスを連発するようになった。更にストレスが増し、薬に頼る悪循環に陥った」

 6年ほど前、より多くの薬を求めて他のクリニックも受診し始め、向精神薬の種類と量を増やした。すると間もなく、奇妙な窃盗を繰り返すようになった。

 ある時は、スーパーのカートに卵やティッシュペーパーなどを山のように積み上げ、レジを素通りして外に出た。ある時は別の店で、動物の絵がたくさん入ったカラフルな安いジャンパーを複数持って店外に出た。すぐに見つかり警察に引き渡された。

 子供っぽいジャンパーを見た警察官は「誰が着るんだ」と不思議がった。男性は犯行時の記憶がなく、答えようがなかった。

 保釈中、弁護士の勧めで精神科に4か月入院し、断薬に成功。以後、窃盗癖は治まった。男性は現在、新たな就職先を見つけて元気に働いている。

 全国的な統計調査はないが、向精神薬の影響で異常な行動を繰り返す患者は少なくないとみられる。

 窃盗で何度も逮捕された後、赤城高原ホスピタル(群馬県渋川市)に入院し、薬を少しずつ減らす方法で断薬した40歳代の女性は「入院患者同士のミーティングなどで、薬に安易に頼った自分の弱さを見詰め直せた。人生をやり直したい」と語った。

 同病院の院長、竹村道夫さんは「窃盗や暴力などの異常な行動は、抗うつ薬でも起こる。向精神薬で注意力が低下すると、車の運転にも支障が出かねない。医師、患者双方が、もっと慎重な薬の使用を心がけてほしい」と呼びかけている。

  向精神薬の副作用  処方薬依存などを避けるため、精神疾患の治療指針では、医師による睡眠薬や抗不安薬の安易な処方や、漫然とした長期処方を戒めている。だが不適切な処方は絶えず、今秋、全国の主要大学などの精神科が連携し、精神科医が治療指針を学び直す講習会が始まった。(佐藤光展)

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