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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

貧困と生活保護(41) 貧困者・弱者をたたく「精神の貧困」

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 経済的に困っている人々や、生活保護を利用している人々を攻撃する風潮が強くなっています。ネットの世界ではとくに顕著です。

 2012年には、人気お笑いタレントの母親が生活保護を受けていたとして、一部の国会議員と週刊誌、テレビ番組が中心になって非難しました(親族の扶養は保護の要件ではなく、不正受給にはあたらない)。生活保護利用者の大半が怠け者や不正受給であるかのような報道も行われました。

 今年8月には、NHKのニュース番組に女子高校生が実名で登場して母子家庭の生活の苦しさや進学をあきらめざるを得ない実情を訴えたことに対し、ネット利用者がよってたかって個人的な情報を探り出し、「その程度は貧困ではない」などとバッシングしました。

 なぜ貧困や生活保護をたたくのか。他人の心の中は正確につかめないし、本人も自覚しない様々な要素が絡んでいるでしょうが、現在の日本社会のギスギスした状況や、相模原市の障害者施設殺傷事件のような社会的弱者への攻撃とも深く関係するので、筆者の見立てを述べてみます。

優越感を得ようとする「いじめ心理」

 第1は、弱い相手、反撃しにくい相手をたたくことによって、優越感を得ようとする心理です。端的に言うと「いじめ」です。主観的には正義感あるいは被害意識を抱いていますが、自分のほうが強い立場にいること、自分のほうが優れていることを確かめ、気分をよくしたいのです。

 もちろん倫理的にも能力的にも、たたく側の人間が優れているわけではありません。単に主観的な「優越感の確認」です。対象者をおとしめることによって、自分の位置が相対的に高まった気になるだけです。政治的な意図で扇動する人間は別として、わざわざ優越感を得たがるのは、ふだん自分に自信がなく、何らかの劣等感や不遇感を抱いているからでしょう。

 外国人への差別や憎悪をまきちらすヘイトスピーチや、不祥事を起こした著名人に対するバッシングも、共通性があります。たいていは匿名ですが、放置していると実名で行動する人間も現れます。公務員バッシングの場合も、正当な批判だけでなく、いじめ心理やジェラシーが加わって過剰に行われることがあります。反撃されにくいからでしょう。一方、国会議員の政治資金の使い方(税金による政党助成金も入っている)には、なぜもっと怒らないのか。権力を持つ強い相手だからではないでしょうか。

他人をねたむ「ジェラシー心理」

 第2は、ねたみ、やっかみです。

 生活保護の利用者に対しては、働かずにお金をもらえていいなあ、自己負担なしで医療を受けられていいなあ、と見る人たちがいます。自分たちは懸命に働いてお金をかせぎ、その中から様々な負担もして大変なのに、というわけです。

 そんなに生活保護がよければ、自分も申請して、積極的に利用してはどうでしょうか。これはイヤミではありません。働いていても年金があっても、その世帯の保護基準より収入が少なく、資産も乏しければ、不足分を補う形で保護の給付を受けられるのです。医療費がかさむ場合、それも保護基準に含まれるので、医療扶助だけを受けることもありえます。実際には、生活保護世帯の8割は高齢・障害・傷病などによって働くことの困難な世帯で、残り2割のうち半分は現に働いています。働く能力があれば活用することは保護の要件になっており、そんなに甘く運用されているわけではありません。

 ただし、やっかみには、理由のある部分もあります。所得水準が保護基準より少し上、あるいは若干の資産があって、保護の対象にならない低所得層の人々は、生活が苦しいのです。

 生活保護になれば、医療や介護の自己負担はなく、税金や、年金・健康保険・介護保険などの公的保険料、保育・障害者福祉のような公的サービスの利用料も原則としてかかりません。自治体によっては水道料が減免されます。一方、生活保護より少し上の層には、それらの負担が軒並み生じるので、実質的に見た生活費(自由に使えるお金)に逆転現象があるのです。

 それらの層の人たちが生活保護を攻撃しているのかどうかは不明確ですが、もしそうだとしたら、見当違いです。かりに保護基準が下がれば、各種の負担軽減制度の適用基準が連動して下がり、自分たちも苦しくなります。収入が減って生活に困った時に保護を受けにくくなります。

 低所得層の保険料、利用料、公共料金の負担を、幅広く軽減するか無料にすることによって、ギャップの解消をはかるべきだと思います。とりわけ医療費の自己負担と、低所得層にとって高すぎる国民健康保険料の軽減を急ぐべきでしょう。

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 お知らせが遅れましたが、「貧困と生活保護」のシリーズは、9月23日に発表された第9回貧困ジャーナリズム大賞(反貧困ネットワーク主催)で、大賞に次ぐ特別賞を受けました。貧困のとらえ方や生活保護の仕組みなど、社会のセーフティーネットの問題を長期にわたって詳しく発信してきたことが評価されました。ありがとうございます。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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