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佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」

医療・健康・介護のコラム

乱用多いデパスなど向精神薬指定に

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 乱用されやすい処方薬の代表格で、薬物依存の入り口ともなっていた抗不安薬のエチゾラム(商品名デパスなど)が、睡眠薬のゾピクロン(商品名アモバンなど)、日本未発売のフェナゼパムと共に新たに向精神薬に指定される。2016年9月14日、麻薬及び向精神薬取締法施行規則などを一部改正する政省令が公布され、10月14日に施行となる。これにより個人輸入などが禁じられ、違反者には罰則が科せられる。

 「向精神薬」という言葉は、広義には「脳に作用する薬」という意味で使われる。だが、向精神薬の全てが向精神薬指定を受けているわけではない。乱用や依存を招きやすい物質を、国が「向精神薬」として指定し、処方日数などに制限をかけている。狭義の向精神薬とは、この指定を受けた薬を指す。今回の追加指定で、向精神薬指定数は83物質となった。

 乱用や依存の恐れがある処方薬の規制は、国際的に行われてきた。国連は1971年、「向精神薬に関する条約」を採択(日本は90年批准)。88年には「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」を採択(日本は92年批准)し、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬の多くを規制対象とした。

 ところが、ベンゾ系薬剤と同等の作用を持つエチゾラムは規制対象とはならなかった。日本以外に販売している国は少なく、国際的な規制の優先度が低かったためだ。日本独自に向精神薬指定を行うことはできたが、エチゾラムの依存性は過小評価され、長く放置されてきた。

 向精神薬に指定されると、日本では通常、1回の処方日数が14日までか、30日までに制限される(一部は90日)。エチゾラムはこれまで処方日数の制限を受けなかったので、90日超の処方も行われていた。その結果、「薬の力で一時的にでも現実を忘れたい」などと考える人たちの乱用や、救急搬送につながる過量服薬に用いられやすかった。このような問題が、近年行われた複数の研究で指摘され、今回の指定につながった。厚生労働省の監視指導・麻薬対策課は「エチゾラムは今も国際条約では規制対象外。しかし、近年の処方薬乱用の状況や研究結果を考慮して、日本独自の規制が必要と判断した」としている。

 今回の指定に大きな影響を与えた研究の一つが、昨年3月の記事「乱用処方薬トップ5発表」で取り上げた国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんらの調査だった。エチゾラムはこの調査で、最も乱用されている処方薬と指摘された。更に、同センター薬物依存研究部心理社会研究室長の嶋根卓也さんらが、12年に行った向精神薬の重複処方に関する研究も、今回の指定への流れを作った。

高齢者への重複処方でもエチゾラムが最多

 嶋根さんらは埼玉県薬剤師会の協力を得て、同じ向精神薬を複数の医療機関が処方した重複処方例119件を分析した。すると約4割にあたる46件は、エチゾラムの重複処方だった。同じく乱用に使われやすいフルニトラゼパムの重複処方例は5件と少なく、向精神薬指定の有無が、重複処方に影響している可能性が示唆された。向精神薬指定を受けていると、処方の際に医師が慎重な確認を行うなど、扱いがより丁寧になるのかもしれない。

 筋肉の緊張を和らげる作用もあるエチゾラムは、頭痛や腰痛、肩こりなどにも処方される。こうした使い勝手の良さゆえに、重複処方が起こりやすい面もある。嶋根さんの研究では、エチゾラムを重複処方する診療科で最も多いのは、内科と整形外科の組み合わせだった。内科では不眠などの症状、整形外科では腰痛や肩こりなどに対して処方されやすい。エチゾラムは先発薬(1984年発売)のデパスの他、エチゾラム錠としてアメル、オーハラ、トーワ、ツルハラ、日新、フジナガ、EMEC、KNなど後発品がたくさん存在する。医師が他の医療機関との重複を考慮せずに処方する場合もあり、薬剤師のチェックが重要になっている。

 先に触れた昨年3月の記事で書いたように、処方薬を乱用する患者の大半は精神科で薬を入手する。患者は若い世代が多い。一方、意図せずに重複処方を受ける患者は、複数の診療科に通うことが多い高齢者に集中する。嶋根さんの研究では、重複処方を受ける患者の平均年齢は約70歳だった。

 高齢者がエチゾラムやベンゾ系薬剤を過量に服用すると、ふらついて転倒事故などを招きやすくなる。酒に酔ったような状態になったり、認知症を疑われるような状態になったりする恐れもある。今回の向精神薬指定によって、高齢者への処方の見直しも進むことを期待したい。

 だが、懸念されるのは依存性のある新たな薬物の処方数増大だ。米国では、がんの 疼痛(とうつう) 緩和に効果的なオピオイド系鎮痛薬が、腰痛などの体の痛みにも多く処方され、乱用や依存の問題だけでなく、死亡例も多発するなど深刻な社会問題となっている。日本でも近い将来、同様の問題が起こらないとも限らない。薬の正当な効果は享受しつつも、悲劇を防ぐ規制と処方の適正化が欠かせない。

【追記】

 診療報酬の改定などを審議する中央社会保険医療協議会が9月28日に開かれ、エチゾラムとゾピクロンの投与期間は30日までと決まった。

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佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。趣味はマラソン(完走メダル集め)とスキューバダイビング(好きなポイントは与那国島の西崎)と城めぐり。免許は1級小型船舶操縦士、潜水士など。神戸新聞社社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、2003年から医療部。日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会などの学会や大学などで講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)など。

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