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【東京】短期勉強会のご案内「子どもの心理療法の立て直し:力動的視点の導入 ―遊ぶことから、考えることへ―」:ファミリーメンタルクリニックまつたに

子どもの心理療法の立て直し:力動的視点の導入
―遊ぶことから、考えることへ―

迷いを抱えながらも現在セラピーに取り組まれている若手の方々も多くいるように思います。この勉強会は、子どもの心理療法を実践している中で、今の関わり方でいいのだろうか、セラピーとして機能しているのだろうか、子どものメッセージを受け取れないまま回数だけ重ねてはいないだろうか、などと迷いを感じている若手のセラピストを対象に、実践している心理療法について共に考えなおすための機会を提供するものです。決して教科書的な知識を教える場ではありません。現在の実践を見直し、より子どもに役立つセラピーにするには、どのような工夫ができるのかについて議論を深めるための場です。
おそらくそこには、セラピーの設定の問題、セラピスト自身の心的構えの問題、働く組織の中でのセラピーの位置づけの問題、親との協力関係など、検討すべき点は様々ですが、まずは何から工夫できそうか考えるところから始めることが必要でしょう。どの切り口から入っても、結局は子どもとの関係性を考えることになるでしょう。そして、子どものセラピストとしての自らのアイデンティティをいかに構築できるのかも重要なことです。そのためにケースとともに自分自身と向き合うことは避けて通れません。この勉強会は、その営みに僅かながらでも寄与することを目的として企画されました。
■講師:吉沢伸一(ファミリーメンタルクリニックまつたに 臨床心理士)
平成16年に青山学院大学大学院を卒業。現在、ファミリーメンタルクリニックまつたにて、主に力動的な観点から、子どもの心理療法を実践している。その他に、教育相談センターや思春期デイケアにて、またスクールカウンセラーとして子どもの臨床に携わってきた。主要論文には、「治療者の心的スペースの回復過程―境界例児との治療の行き詰まりから―」(精神分析研究)、「精神分析的心理療法の初期プロセスで”書き言葉を持ち込むこと”:その力動的理解と取扱い」(心理臨床学研究)、「行き詰まりにおけるセラピストの内的プロセスの探索―内的危機と成長の交差―」(サイコセラピー学会雑誌)、「子どもの精神分析的心理療法におけるアセスメントⅢ(2)―被虐待児の心的世界:実践的理解」(白百合女子大学発達臨床センター紀要:共著)などがある。

■期間:2016年8月~2月(計7回)
■日時:毎月第4金曜日 20時~21時半 (※12月のみ第3)
■対象:大学院卒業後5年程度
■定員:5名
■会場:ファミリーメンタルクリニックまつたに
(世田谷区用賀4-4-8第二福島ビル5F:東急田園都市線用賀駅改札より2分)
■費用:4000円(毎回)
■締切:定員になり次第締め切ります。
■申込方法:
「短期勉強会申し込み」というタイトルで、以下を記入の上、メールにてお申し込みください。
①氏名、②年齢(臨床歴)、③職場、④子どもの心理療法の訓練経験、⑤卒業大学院、⑥参加の動機  counseling_office_sy@yahoo.co.jp
■プログラム:
第1回:
①ディスカッション:参加メンバーが現在抱えている悩みや問題・目指したいことなど、②講師のまとめ
第2回~第6回:
事例検討 *事例提示と指定討論の機会が各1回づつあります。
①事例提示、②指定討論、③全体でのディスカッション、④講師のまとめ
第7回:
①ディスカッション:セラピーで工夫したいこと、どんなセラピストになりたいかなど

― 勉強会を企画した主旨 ―
日本において体系的な子どもの心理慮法の訓練は未だ確立されていないと言えるでしょう。多くの若手の心理士は、現場に出てから、悪戦苦闘しているのが現状ではないでしょうか。特に、子どもとともに遊ぶことに時間を費やし、そのことがどのようにセラピーとして機能しているのか、疑問に思いながらも続けている人も少なくないのかもしれません。遊ぶこと自体に一定の治癒的作用は認められます。しかし、昨今の心理臨床の現場で出会う子ども達には、神経症圏の子は多くないために、遊ぶことだけでカタルシス効果があり、悪循環の親子関係や対人関係が修正されたり、問題行動が収束したり、主体性を回復するケースはほとんどないのが現状です。
特に、剥奪体験があるような子どものとの関わりにおいては、彼らが抱える病理のために繰り返さざるを得ない破壊的な関係性に巻き込まれ、困難な状況に陥ることは避けて通れません。あるいは、一見よい関係が続き、実は何も変化が生み出されていないという展開もあるかもしれません。彼らと関わる上で、私たち自身のこころと情緒・思考をフルに活用する必要があります。しかし、実際にはそれを維持することも困難であり、セラピストである私たち自身を幾度も立て直していく作業が必要です。私は、遊ぶことの意義を否定するつもりはありません。ただ、考えなしに遊ぶことはセラピーではありません。遊んでばかりではセラピーでの関係性や子どもが実は全身全霊をかけて訴えていることについて考えることは到底できません。遊ぶこと自体が持つ治癒的作用を大義名分に、私たちは子どものこころの痛みを真剣に考えることから、知らぬ間に身をひいているのかもしれません。
この勉強会では、遊びの治癒的作業にだけ頼るのではなく、遊びを通して表現される子どものこころについて、そしてセラピーで展開している重要な関係性について、力動的に考えていく姿勢を探究していきます。子どもたちとの関わりの中で、私たちが感知していることを大切にして、私たちの情緒を通して子どものこころを考える作業を強化してみませんか。子どものこころを考えるというセラピスト機能を高めるために、共に考え、話し合い、そして、これまでとは違うセラピーのあり方を模索していきましょう!

編集部