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性暴力の実相・第3部(3)「恋愛」と思い込もうと

 脳性まひで手足に障害がある40代のアケミさん=仮名=は10年ほど前、契約社員として働いていた関西の鉄道会社の上司と関係を持った。それからの約4カ月間、何通も親密なメールをやりとりし、一緒に旅行にも行った。双方独身。周囲には交際関係にあると映っただろう。

 ただ、アケミさんは違ったと話す。当時、小学生の娘2人を抱えるシングルマザー。相手は、100社近く面接に落ちた末に採用された会社の上司。「子どものためにもしがみつくしかない」と断れず、恋愛関係と思い込もうとしたという。

 そもそも、最初の関係が暴力的だった。冬の社員旅行の帰り。酒を飲まされて無理やりホテルに連れていかれ、押し倒された。障害のために自力で起き上がれず暴行された。乱暴後、「なかったことにせぇや。契約が更新されなくなるぞ」と告げられた。

    ■    ■

 被害者心理に詳しいカウンセラーの井上摩耶子さん(京都)は「長期間、立場を利用した性暴力を受けていると、楽になりたくて『恋愛関係』と思うことは少なくない」と言う。

 上司を慕うメールを送っていた時期、アケミさんは日記を付けていた。

 《(上司の)昇進テスト。「落ちろ」と思うが、メールでは違うことを送っている。私は(上司の)味方であり続けなければ自分を守れない…》

 《私はまるで玩具みたい…。人形のようにただ操られている方が…。いつまでこんな日々が続くのか》

 精神的に不安定になりリストカットをすると、上司からは「好きだ」「愛している」とメールが届いた。返信したのは「私も」のメール。日記にはこんな記述がある。

 《いくら体が不自由でも普通の女性扱いしてほしい。好きだ、大事だと言われると、そこに救いがあると思えてくる》

    ■    ■

 アケミさんは雇用契約の更新を機に変わった。失職の怖さがなくなったことで、2人の関係の異常さに気付いたといい、会社に被害を訴えた。だが「痴情のもつれ」と相手にされず、警察でも取り合ってもらえなかった。

 会社や上司の責任を問う民事訴訟でも、メールのやりとりから「交際」と判断され、性暴力やセクハラは認められなかった。二審は、最初の関係について「(上司が)性欲のはけ口として行為に及んだ」と同意がなかったことを認定したが、「その後は恋愛関係にあった」と判断し、一部損害賠償の支払いを命じて判決は確定した。アケミさんは結局、仕事を失った。

 恋愛か、迎合から生まれる恋愛か。立場が弱くてセクハラから逃れられない女性の心理は、社会にはまだ理解されないと、アケミさんは悔しさを募らせる。「暴行された被害者が、相手と純粋に恋愛関係になることがありえるでしょうか」

◆セクハラと労災 厚生労働省は2011年、セクハラによって引き起こされる精神障害を労災認定する基準について、全国の労働局に通達を出した。その中で、セクハラ被害者には、勤務を継続したいなどの心理から加害者に迎合するメールを送ったり、誘いを受け入れたりする特徴があると明示。被害者側がこうした行為をしていても、セクハラを否定する理由にはならないとしている。

=2016/03/18付 西日本新聞朝刊=

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