天才を作り出す?「賢い遺伝子」の研究は是か非か

「天才デザイナー・ベビー」が夢物語ではない時代の倫理基準は

2015.12.17
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高い学習能力を持つ子どもたちがいる。それが遺伝子によるものであることを明らかにすることが、その子たちのためになるのだろうか?(PHOTOGRAPH BY DAVE THOMPSON, PA WIRE, AP)
高い学習能力を持つ子どもたちがいる。それが遺伝子によるものであることを明らかにすることが、その子たちのためになるのだろうか?(PHOTOGRAPH BY DAVE THOMPSON, PA WIRE, AP)
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 平均より背の高い人がいれば、大きな腰、明るい色の髪、長いつま先、平たい足を持つ人たちもいる。こうした私たちの見た目に遺伝子が関係していることに異を唱える者はいない。しかし、知能はどうだろう。遺伝による性質と言えるのだろうか。

 受精後まもない「胚」の段階で遺伝子操作を行う技術が現実のものとなりつつあるなか、近い将来、人工的に知能を高めた赤ちゃんを作れるようになる日はもはや夢物語ではないかもしれない。

 しかしその前に、知能に貢献する遺伝子についてよく理解しておかなければならない。一部の科学者は「賢い遺伝子」の存在を追い求め、彼らの研究は激しい非難の対象になっている。最も恐れられるシナリオは2つだ。1つは生物学的な相違による人種差別主義を助長する恐れ。そしてもう1つはいつの日か「天才デザイナー・ベビー」を作り出してしまうのではないかというものだ。

 だからこそ、今、知能遺伝子研究の倫理性について議論することが早急に求められている。20世紀初頭に行われた知的障害者に対する強制避妊手術など、「過去の過ちを繰り返さないよう、研究に制限をかけ、必要な対策を取るよう考えなければなりません」と、生命倫理学のシンクタンク、米ヘイスティング・センター所長のミルドレッド・ソロモン氏は言う。

 12月初めに、同センターはニューヨーク市で数人の研究者や倫理学者を集め、知能研究の将来について意見を交わした。また、同じ週には人間の遺伝子操作の倫理性をめぐる国際会議も先んじて開かれ、いずれの場でも、危険な応用に直結する一部の研究は、初めから認められるべきではないとの見解が提示された。

超秀才な遺伝子

 ヘイスティングス・センターの生命倫理学者がこの問題に関わるようになったのは、昨年、全米から優秀な子どもたちを集める米ジョンズ・ホプキンス大学の研究機関「センター・フォー・タレンテッド・ユース(CTY)」へ、ある著名な行動遺伝学者から研究協力の依頼が寄せられたことがきっかけだった。中学1年生(7年生)で大学進学適性試験(SAT)で高得点を獲得し、高知能と認定されたCTYの卒業生たちを研究したいと言ってきたのだ。(参考記事:「遺伝と環境が人間に与える影響は?」

 ホプキンス大の優秀な学生も含め、できるだけ多くの超秀才ゲノムを集めてふるいにかけ、知能遺伝子だけを見つけ出そうというこの研究に、関係者は困惑した。

 協力すれば、何か不適切なことに手を貸すことにならないだろうか。そもそも、この要請や、彼の遺伝子探し自体に何か怪しい点はないのだろうか。

 考えあぐねたCTYは、ヘイスティングス・センターにアドバイスを求めた。知能の遺伝子を研究することは、多くの思いもよらない結果を招きかねないとソロモン氏は説明する。例えば、「どのような子どもを誕生させることができるか、遺伝子のレベルでコントロールできるようになれば」親子の絆の質まで変えてしまうかもしれない。

扱うには危険すぎる?

 会議で講演した米ペンシルベニア大学の法律学・社会学教授ドロシー・ロバーツ氏は、知能面で問題を抱える子どもたちを自分たちの研究で救うことができるという一部の行動遺伝学者による主張に異議を唱え、それよりもその子どもたちにより多くの支援を与える方が助けになると指摘した。逆に、知能は遺伝によるとの概念を助長させるような研究は、その子どもたちを傷つけるだけであるという。というのも、こうした概念はほぼ確実に「知能による人種主義、階級主義、性差別」を支持するのに利用されることが予想されるためだ。

 知能遺伝子の研究は、「どう考えても社会的中立性を維持することはできず、それどころか社会的不平等を拡大させるでしょう」と、ロバーツ氏は指摘する。

 しかし、研究自体を阻止するのはある意味手遅れかもしれない。1970年代には既に、双子を対象とした研究で、一卵性双生児(遺伝子が100%一致している)の一般知能が、二卵性双生児(約50%の遺伝子が一致している)のそれよりも似ていたという結果が出ている。(参考記事:「双子が明かす生命の不思議」「「知能指数は80%遺伝」の衝撃」

 ヘイスティングス・センターの上席研究者エリック・ぺアレンス氏によると、この研究により、一般知能、つまり論理的に考える、計画を立てる、問題を解決する、物事を把握する、すぐに学習する、経験から学ぶ、といった能力は遺伝するということだ。

「双子の研究で、人の知能の違いが遺伝子によるものであることは明らかになったとしても、どの遺伝的差異が、どのように違いを生んでいるのかについては、何も分かっていません。この点を認識することが大変重要です」と、ペアレンス氏は強調する。

「どの」または「どのように」とは、賢い遺伝子を探し求める科学者が答えを出したい疑問である。その先頭に立つ1人が、英ロンドン大学の行動遺伝学者ロバート・プロミン氏だ。「最終的な目標は、学習能力を継承する遺伝子を見つけることです」と、プロミン氏はラジオのインタビューで答えている。

 しかし、簡単なことではない。知能だけに特化した遺伝子はひとつも存在しないためだ。最新鋭の分子遺伝学のツールをもってしても、これまでに発見された遺伝的な変異はわずかに3例だけであり、しかも、それぞれは高いIQの持ち主と対象群の人々との違いにおいてわずか0.02%しか影響を及ぼしていない。(参考記事:「愛が育てる赤ちゃんの脳」

慎重な対応を

 ヘイスティングス・センターと米コロンビア大学の精神・神経・行動遺伝学の倫理・法律・社会的意義研究センターはこの問題について報告書を発表し、弱い立場にいる人々を研究結果がさらに追い詰めることにならないよう対策を取る必要があると指摘する。

 知能遺伝子の研究を全て禁じるのではなく、あくまで慎重な姿勢を求めるものだ。

 研究者は自らの研究結果の重要性をメディアが大げさに取り上げないように努めるだけでなく、それ以上の努力をしなければならないと、報告書の編者は述べている。また、知能に関する研究が「階級主義や人種主義の渦」に巻き込まれてしまわないよう努める必要があるとも警告する。

文=Robin Marantz Henig/訳=ルーバー荒井ハンナ

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