Crew:1960年代に恐怖と学習の関係を解明しようとしていた心理学者のマーティン・セリグマン氏は、予期せぬ現象を発見しました。

その実験では、犬の集団に電気ショックを与えました。犬は、ショックから逃れることはできません。やがて犬たちは、それを回避しようとしなくなりました。

その後、彼らにショックから逃れる簡単なチャンスを与えましたが、驚いたことに、犬たちは逃げ出そうとはしませんでした。ただそこに座り、従順にも次の罰を待っていたのです。

その後に行われた一連の実験でも、同様の結果が得られました(電気ショックの代わりに大きなノイズを使って、人間での実験も行われました)。セリグマン氏は、この興味深い反応を「学習性無力感」と名付けました。

あるネガティブな境遇、あるいは困難な境遇に置かれていると、変化のチャンスが到来しても、無力感にさいなまれ、そこから逃れようとしないという考え方です。

なぜ私たちは、ただショックを待つのか

私たちの心は、経験や出来事、記憶などによって作られた認知バイアス(先入観)で形作られています。

先入観が大きくなると、脳は次第に間違った結論を出すようになります。これが最終的には、考え方や信念、決断に影響を与えます。

自分という人間をどう捉えているかが、生き方に大きな影響を与えます。それが、なりたい自分になれるかどうか、重要なことを達成できるかどうかに関わってくるのです。

Carol Dweck著『Mindset: The New Psychology of Success』

私たちはしばしば、セリグマン氏の犬のように、過去から学んだ「人生は変えられない」という無力感のせいで、ネガティブな状況から動き出せなくなります。

しかし、ネガティブな状況への対応の仕方は、私たちの生き方に多大なる影響を及ぼします。

たとえば、フリーランスの大きな仕事を断られたとします。そのような状況で、あなたは自分にどんな声をかけますか?

  • 自分はバカだ。
  • そもそもフリーランスになるつもりはない。
  • 自分は営業が下手くそだ。
  • クライアントは意地悪だ。
  • 今回はついてなかったな。
  • 面接の準備が不十分だった。
  • 自分なりにベストを尽くしたけど、もっといい人がいたんだろう。

どんなセリフを選ぶかで、考え方のタイプがわかります。

「こちこちマインドセット」と「しなやかマインドセット」

心理学者のCarol Dweckさんによると、マインドセットには2つのタイプがあるそうです。

「こちこちマインドセット」の人は、自分の資質を変えることはできない、つまり、知性と性格は永久に変わらないと信じている人です。そのような人は、「自分はバカだ」「自分は営業が下手くそだ」などと、失敗を自分のせいにします。「失敗した自分はダメな人間だ」と考えてしまうのです。

一方で、「しなやかマインドセット」の人は、努力や経験次第で自分は変われるし成長できると考えています。「ついてなかったな」「面接の準備が不十分だった」などと自分に言い聞かせ、資質は一時的で外部的なものだと捉えている人です。

このような考え方は、親や教師、同僚、さらにはメディアによって、何年、いえ何十年もかけて、刷り込まれてきたものです。

私も例外ではありません。

私は、自分自身の認知バイアスに苦しめられています。最近、私と同じような悲観的な傾向が、5歳の娘にも見られるようになりました。「私は絵が下手だ」「難しすぎる」「できない」「答えを教えて?」などの言葉をあまりにも頻発するので、危機感を抱いています。

親として、わが子に送るメッセージには、褒め方(能力より努力を褒める)やミスをしたときの反応、期待の示し方など、かなり気をつけてきたつもりです。

私も含め、感受性の高い幼少期に、親から「しなやかマインドセット」を積極的に植え付けられた人はそんなに多くないでしょう。でも、セリグマン氏は、脳をプログラムしなおすことは可能だと言います。それをするかしないかは、自分次第なのです。

同氏は、著書『Learned Optimism: How to Change Your Mind and Your Life』において、「学習性無力感」の予防策として「学習性楽観主義」を掲げています。

悲観的な考え方は、根深くて一生変えられないかのように感じられますが、抜け出すことは可能です。ただし、悲観主義者が楽観主義者になるには、楽しい曲を口笛で吹いたり、良い言葉を自分に言い聞かせたりするような、うわべだけの方法では不十分です。新しい認知スキルを学ばなければなりません。

自己認識をもつことの重要性

自己認識をもたない限りどんな種類の変化も望めません。自己認識は、リーダーシップにおける重要な要素の1つでもあります。なぜなら、リーダーが自分の強みを知りつつも弱さや短所に責任をもつと、周囲の人々はその恩恵を受けることができるからです。

正しい自己認識ができているリーダーは、継続的な学習と成長の文化を育てることができます。その中では、ミスをしたり助けを求めたりすることは何の問題もないと誰もが理解しています。このような思考が、イノベーションやクリエイティビティにつながるのです。

すぐに自分を変えたいなら、まずは正直な自己評価から始めましょう。

自分についてどう思っているかをリストアップし、なぜそう思うのかを以下のように書きだしてみてください。

  • 自分の強み
  • 自分の弱み
  • ストレスや不安のきっかけ
  • 対立や逆境への対処法

数学や人前でのスピーチ、交渉などを苦手なものだと認識している場合、その結論はどこから来たものですか? 中学生からずっと数学の成績が悪かったから? 重要な交渉で失敗したから?

記憶をたどるうちに、明らかにされる証拠のほとんどが、先入観を裏付けるものではないことに気がつくでしょう。

ほとんどの人が、自分の得意なことを知っていると考えています。でも、大抵は違います。むしろ、苦手なことを知っている場合が多く、しかもそれは間違っているほうが多いのです。

ピーター・ドラッカー(経営学者)

先入観を裏付ける、または否定する証拠を集めることを習慣にしましょう。以下のような内容を、記録に残しておくのです。

  • 今日の成功/失敗
  • ストレスにどう対処したか
  • いいことと悪いことをどう表すか
  • ある決断に対してもっている期待感

定期的に正直な自己批判を行うことが、悲観主義のパターンを認識し、期待と結果を比較するするチャンスになります。

それが、ネガティブな思考をポジティブなものに変えるための方法を見つけることにつながるのです。

「しなやかマインドセット」になるには

まねる

意識的に自分を見つめなおすことで、身の周りの楽観主義と悲観主義に気づけるようになります。周囲の人の話し方を観察するうちに、彼らのもつ自己認識がわかってくるでしょう。

セリグマン氏は、このような観察がとても重要だと言います。なぜなら、自己認識を変えるには、「しなやかマインドセット」をもつ、楽天的な人の行為を模倣しなければならないからです。

要するに、楽観主義になれるまで模倣を続けてくださいということです。

社会心理学者のAmyCuddyさんの研究では、ボディランゲージをわずかに変えるだけで、他人からの認識だけでなく自分に対する認識も変えられることがわかりました。

実験の結果、パワフルになれるボディランゲージである「ハイパワー・ポーズ」を2分間とった人は、リスク許容度とテストステロン(男性ホルモン)が高まり、コルチゾール(ストレスホルモン)が減ることがわかりました。一方で、真逆の「ローパワー・ポーズ」をとった人は、化学反応も逆になりました。

同様に、自己認識理論では、自分は「クリエイティブだ」「成功している」もしくは、自分に「自信がある」と思いたいなら、自信をもっている人やクリエイティブな才能がある人、成功している人の行動をまねると良いとされています。

他人について判断するとき、その人の行動を基準に考えるのと同様で、自分自身について考えるときにも、さまざまな状況にどう対応しているかが基準になるのです。

イメージする

最近では、自己啓発コミュニティやRhonda Byrne著『The Secret』などの本のおかげで、可視化というツールも大きく注目されています。

脳は、現実と想像を区別できません。そのため成功を心に描くことで、脳の配線が入れ替えられ、モチベーションを高められるというのが彼らの主張です。

とはいえ、いくら面接での合格を可視化したところで、就職できることが保証されるわけではありません

それでも、自信をもって面接を受ける自分を想像することで、自己認識を変えることはできます。

世界トップクラスの成功者の多くが、可視化の力を信じています。研究でも、実際に行動しているときと、その行為を想像しているときで、脳の同様の部位が活性化することがわかっています。

一方で、成功の可視化にはデメリットがあると指摘する科学者もいます。

過度にポジティブな幻想を抱くと、困難よりも楽なプロセスばかりに意識が集中してしまうため、エネルギーとモチベーションが衰退すると言うのです。

この違いは、可視化というツールの使い方にあると私は思っています。

まず、結果ではなく、プロセスを可視化することに集中する方法をとりましょう。ゴルファーは、風の強い日にボールをバンカーから出すためのスイングやフォームを可視化します。このような心のリハーサルを積むことで、ハードワークや障害を認識し、想像の世界にそれらを組み込むことができるのです。

それから、最終結果を想像します。アーノルド・シュワルツェネッガー氏は、ボディビルダーのコンテスト「Mr. Universe」のトロフィーを頭上に掲げて表彰台に上がる自分の姿を、ずっと心に描いていたそうです。そうすることで、勝利や成功に向けた感情と感覚が高まり、長時間のトレーニングに立ち向かうモチベーションを維持することができたと言います。


長年の自己認識や先入観を変えるのは、並大抵の努力ではできません。それでも私たちは、自分の短所や欠点は一生変わらないという考えを、否定してみるべきではないでしょうか。

私自身、そのような思いから、さまざまな方法を調べています。その答えは可視化かもしれませんし、誰かを模倣することや、あるいはまったく別の方法かもしれません。

いずれにしても、思考停止せずに、考え方を変える方法を試し続けることが肝心です。

マインドセットを変えれば、自分の行動が変わる。それは究極的には、働き方・生き方を変えることにつながるのです。

Fake it 'til you become it: The science of self perception|Crew

Rosanna Casper(訳:堀込泰三)

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