どの業界を見ても、仕事を本当に自分でやっている人はほとんどいないことがわかるでしょう。多くの人は、二次資料を引用したり、オンラインで概要だけを調べて、知るべきことを知ったつもりになっています。しかし、これこそが、退屈な繰り返しに耐えることが競争優位となる理由でもあります。物事は自分の眼で観察しなければなりません。

ルイ・アガシー(著名な生物学者)は魚の標本をテーブルの上に載せ、研究室の学生に見せました。

「ただのスズキですね」と学生は言いました。「そのとおり」とアガシーは答えました。

そしてこう言いました。「このスズキを観察して気づいたことを書いてみなさい。標本を痛めずに何ができるか試してごらん。君が作業を終えたと思ったら、私から質問をしよう」

観察のパワー

学生は1時間あまりを費やして気づいたことを書きあげました。そして、この魚について知るべきことはほとんどすべて把握したと確信するに至りました。

ところがその日、いくら待っても、アガシーは戻って来ませんでした。次の日も姿を見せません。結局、それから丸一週間、アガシーは戻りませんでした。学生は、大いに不満に思いましたが、これはアガシーのゲームではないかと考えました。この教師は、魚をもっと深く観察せよと言っているのです。

その後学生は、100時間あまりをかけてその魚を調べ、それまで気づかなかった詳細に気づくようになりました。うろこはどんな形をして、どんなパターンを形成しているのか、歯の形、並び方はどうか、などについてです。そこへ、教師がやっと姿を見せました。学生は学んだことすべてを説明しました。アガシーの返事はこうでした「そうではない」。そして、部屋を出ていってしまいました。学生はショックを受け、腹を立てましたが、心を入れ替え、新たな熱意をもってタスクにもう一度取り組みました。それまで取ったノートはすべて捨てました。学生は、丸一週間、一日10時間、研究に費やしました。次にアガシーが学生に会ったとき、「驚嘆するほど」の成果をあげていたのです。

対象を比較する技法

スズキの研究を終えた学生はこう書いています。「私は対象を比較する技法を学んだのだ」 この歯は、隣の歯と比べてどうか? このうろこは、反対側のうろこと比べてどうか? 後ろ半分の対称性は、前半分と比べてどうか?

この、対象を比較する技法は、人生のさまざまな領域で驚くほど有用です。例えば、私はウェイト・リフティングで次のような体験をしました。

ウェイトを始めて5年は、平凡な記録しか出せないでいました。私は、正しいトレーニング方法さえわかれば、すべて解決するのだと思っていました。壁が越えられないのは、まだ正しい情報にめぐりあっていないせいだと考えていたのです。しかし、私が本当にわかっていなかったのは別のことでした。私が本当にわかっていなかったのは、できあいの完璧な処方箋を探すあまり、自分の本当の姿を観察できていなかったという事実です。

注意深く観察してみると、私の体は、強度を強くするよりも、量を増やしたほうが反応が良いことがわかりました。そして、スクワットやデッドリフトのような根幹となる動作において、基礎的な強さが欠けていることもわかりました。こうした、観察から得られた発見を使って、自分のニーズに合わせてトレーニングを調整した結果、大きな進歩が見られたのです。つまり、いま取り組んでいることと、自分にとって実際に効果があることを比較したわけです。

自分自身でやってみる

私は「専門家」のいうことには耳を傾けない。私はすべて自分で計算する。

リチャード・ファインマン

リチャード・ファインマン(偉大な物理学者)はベータ崩壊の新しい理論に取り組んでいるとき、ある驚くべきことに気づきました。長い間、専門家たちはみな、ベータ崩壊はある特定のかたちで起こると言っていました。しかし、ファインマンが実験すると、それとは違う結果になるのです。

ファインマンは、専門家たちが基礎をおいているオリジナルのデータを調べ、その研究論文に欠陥があることを突き止めました。長い間、オリジナルの研究論文をだれも読まず、追試もしていなかったのです! 専門家たちはみな、自分の学説を正当化するために、お互いの研究を引用したり、意見を利用し合うだけでした。そこにファインマンがやってきて、すべてをひっくり返したのです。ただ、自分で計算したというだけの理由で。

自分の眼で観察する

事実を見なさい。自分自身の眼で!

ルイ・アガシー

どんな分野でも、本当に仕事をしている人はめったにいません。

オリジナルの研究論文を読むかわりに、多くの人は、二次資料の見出しを引用します。魚を100時間観察するかわりに、多くの生物学の学生は、オンラインでその魚の解説を探します。人びとは言います。「気候変動の記事を読んだよ」 しかし、それが本当に意味することは「気候変動の記事のタイトルを読んだ」ということなのです。

なぜ退屈な繰り返しに耐えることが競争優位をもたらすかの理由は、まさにこれです。専門家のアドバイスは無視して、何が実際に自分の利益になるのかに注意を払ってください。

事実を自分の眼で確かめるのです。

Famous Biologist Louis Agassiz on the Usefulness of Learning Through Observation | James Clear

James Clear(原文/訳:伊藤貴之)

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