研究室を訪ねて 言葉は心、心は言葉 陽気な2児の父、文学学術院 日野泰志教授に聞く言語心理学

言語心理学という学問についてごぞんじでしょうか。

実験心理学分野の中の一つである言語心理学という単語を文学学術院に所属されたことのある方々は恐らく、心理学コースのシラバスや講義一覧等で目にしたことがあるかも知れません。実験心理学とは人の心を観察分析する方法で、人間の精神現象あるいは動物や人間の行動の研究に実験的方法を適用し、人為的に統制された実験室内で組織的な条件変化を加えた際の現象や行動の変化を観察する学問です。では、言語心理学はどの様な事を実験し、どの様なことを知ることができるのでしょうか。今回は文学学術院の日野泰志教授(認知心理学、言語心理学)の研究室を訪ね、お話を伺いました。

日野 泰志先生。デスクには娘さんの写真が。

日野 泰志先生。デスクには娘さんの写真が。

──お忙しい中本当にありがとうございます。さっそくインタビューを始めさせていただきます。

「どうぞ、どうぞ!ちゃんとゼミの宣伝もしてね(笑)」

──では、最初に簡単な自己紹介をお願いします。

「立命館大学哲学科心理学専攻出身です。最初は哲学専攻で志望しようと思っていたら、周りから色々言われて、心理学にしました(笑) 大学の最初の3年間はオーケストラ活動に力を入れており、2年生の時には音楽大学への編入も考えましたが、恩師による説得と今後の生活のことを考えて、4年の時に心理学の勉強に集中しようと決意しました(笑) ユリーク・ナイサーの『認知の構図』という本を読んで、心理学の中でも実験心理学に興味を持ちました。学部を卒業してからは中京大学の修士課程に進学した後、カナダのウエスタンオンタリオ大学の博士課程に進学して認知心理学を勉強しました。博士課程修了後は日本に戻り、中京大学で非常勤講師をしながら研究員もしていました。その後、様々な大学を相手に就職活動を行いましたが、どこからも声がかからず苦労しました。そして、タイミング良く声が掛かったカナダでの研究の提案に心が揺れたその時、早稲田大学の言語心理学の教員募集を見つけました。そして、それで最後にしようと思い、選考を受けたところ、めでたく助教授としての採用が決まったので、そのまま早稲田大学に就職し、今に至ります。」

先生が実験心理学に興味を持つ契機となったユリーク・ナイサーの「認知の構図」。

先生が実験心理学に興味を持つ契機となったユリーク・ナイサーの「認知の構図」。

 ──先生が教えてらっしゃる言語心理学とはどのような学問ですか?

「言語心理学というカテゴリーをなんと説明すれば良いのかは難しいところです。英語ではPsycholinguistics (心理言語学)というのは存在していても、Linguistic Psychology (言語心理学)という単語は存在しません。もともと私が勉強していたのは認知心理学の視覚的単語認知という分野で、私は言語心理学というのはその領域に含まれるものの一つとして考えています。人が文章を読む際、その文を理解するためには文章を構成する語の意味が脳内で復元されなければなりません。そして語の意味を復元するには、視覚的に与えられた情報を基に、私たちが保持している語彙知識を検索する必要があります。語の綴り・発音・意味などの語彙知識は、私達の脳内でどのような形式で保持されているのでしょうか? また、これらの語彙知識を検索するプロセスはどのような特徴を持っているのでしょうか? 私は、心理実験やコンピューター・シミュレーションを通して、このような語の読みに関する諸問題を研究しています。言語心理学とはこうした研究を通して、語の認知プロセスの解明ばかりでなく、人が持つ情報処理システムの構造や特徴を理解することを目標としています。」

反応速度計測等を行う実験機器(反応ボックス)

反応速度計測等を行う実験機器(反応ボックス)

──先生にとって言語心理学とは何ですか?

「私の楽しみの一つです。一つの問題を解決するとまた次の問題が生まれ、それを繰り返して次々と解決していくと新しい発見と共にまた新しい課題が見つかります。その様に常にどこかに発見があって、決して飽きることがないという所に私は面白みを感じますね。あと、まだ進んでいる分野ではないので、他人にあまりなんだかんだ文句言われずに自由に実験ができるというのも良いですね。」

いつも楽しそうな笑顔の日野先生.

いつも楽しそうな笑顔の日野先生.

 ──先生が今までされてきた研究の中で印象深かった研究を教えて下さい。

「一番印象深かったのはカナダで行った博士論文の研究です。研究人生のスタートラインなので。また、これは全てを自分で行って、初めて雑誌 (Journal of Experimental Psychology 等) に掲載された研究なのです。内容は多義性効果についての研究で、多義語の方が一義語にくらべて反応速度が速い理由について調べた研究論文です。そしてこの研究を起点に様々な疑問が生まれ、その後の数多くの論文に繋がっていきました。そういう意味でもこの研究は私の原点だと思います。」

──これからどのような研究がしたいですか?

「Japanese Lexicon Project という研究を計画しております。この研究は日本語のほぼ全ての語彙を対象に、視覚的語彙判断課題、音読課題、聴覚的語彙判断課題、追唱課題のデータを収集し、データベース化して公開することを目的としています。また、大学生を対象としたデータばかりでなく、語彙数を制限した上で、子供や老人など、複数の年齢層データも収集します。こうして作成したデータベースをもとに、これまで比較的少ない数の語彙を使用した実験で報告されてきた変数の効果について語彙全体のデータを使って再検討するとともに、個々の変数による効果が視覚・聴覚の様相間や年齢によってどのように変動するのかを検討し、これらのデータを基礎資料として発達性失語症検出のためのテストの作成を目指そうという研究です。そして、この研究で収集する大量の行動データをもとに作成を予定している発達性失語症検出のためのテストは、非常に信頼性の高いものになることが予想され、実社会の中でも、安心安全社会の実現及び生活の質の向上に大きく貢献することになるでしょう。」

──世界と比較しての日本国内の言語心理学の現在地を教えてください。そしてそのことについてどう思いますか?

「前提として研究している人の数が少ないのもあり、決して上のレベルではないです。これに関してはもう少し皆に関心を持たせなきゃいけないという気持ちももちろんありますが、今研究室で勉強している学生達も含め、この分野のこれからの発展への期待感もあり、とても楽しみです。」

──文学部心理学コースの日野ゼミの授業では講義を行う上で最も心がけていることは何ですか? また、雰囲気はどうですか?

「楽しく学ぶ!をモットーとして講義を行っています。学生も皆大人なので自分たちで学ぶものは自ら積極的に考え、それぞれ独自の視点で学んで行って欲しいですね。雰囲気はとても明るく楽しいですよ!」

──学部と大学院でそれぞれどのようなことをやっていますか?

「どちらでも学生が将来、PC一つから実験が一つできるまでに必要な知識を習得出来る様に心がけていますが、あまり学ぶことを強制はしていません。その代わり、学ぶ意欲のある人には更に多くの学ぶ機会と研究の場を提供したいと思っています。学生達が自ら学びたいと思い、取り組むことが大切だと思うので。そういう意味でも大学院の学生は自ら更に学ぶことを選んでいる人達ですので、大学院ではより専門的で深い認知心理学の知識が習得できます。」

実験で使う機器(反応ボックス等)は先生と学生達の自作。

実験で使う機器(反応ボックス等)は先生と学生達の自作。

──最近大学研究室の実験機器として今まで無かった脳波を測定する装置を使い始めたと存じ上げていますが…… その脳波測定器を使うことになったきっかけや意図を教えてください。

「きっかけは2012年に杉田陽一先生が早稲田にいらっしゃって、校内で実験装置の回路を作ってしまったことですね。この装置で人の脳波を見られる様になったことで、同じ実験でも生理的なデータを使えるようになり、また今までとは違った領域のデータを計ることができるようになりました。そのおかげで、学生たちが今までより広い研究領域に手が届く様になりました。」

脳波測定装置(協力:文学学術院日野研究室)

脳波測定装置(協力:文学学術院日野研究室)

──実験で使っている脳波測定器は現在、どのような状況にありますか?

「装置を移動したとき、接続を間違えて使えなくなっていましたけど、今は使えるようになりました。チャンネル数(貼り付ける電極の数)は少ないけど充分なデータは取れています。」

──既にちゃんとしたデータが取れているのですね。では、この装置に関して何か今後に向けての目標はありますか?

「今後はチャンネル数を増やして、より良質で大量のデータをとれるようにしたいですね。もし、研究論文として出版されるような研究ができれば、きっと今この研究に携わっている学生達の将来的にも、この学問分野にとってもプラスになるはずです。」

──先生は今まで結構自ら研究面での試行錯誤を重ねて来られたと思いますが、今後研究面で大学に対して望むことはありますか?

「現在アメリカに比べると講義の比重がかなり高く、研究に割ける時間が少ないので、アメリカまでとは言いませんが、より研究に使える時間が作れる様になにか工夫できないか一緒に考えて行きたいですね。」

──本日は長い時間お付き合いいただき、ありがとうございました。最後に心理学を勉強している・しようとしている学生達に一言お願いします。

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。この研究領域はまだ分からない所だらけの分野なので、一生懸命やればやるほど様々な発見があって、面白いことがとても沢山あります。また、何か失敗してもそこから学ぶ事や失敗から新しい事実の発見が沢山あるので失敗を恐れず色々な事に挑んで下さい。あと、この記事を読んで、もし認知心理学や言語心理学に興味を持った方がいましたら是非一緒に勉強してみませんか?」

日野先生eyecatch

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