Popular Science:音楽では音階を学び、柔道や合気道では型の反復をします。
こうした学習は「練習」と呼ばれます。呼び方はどうあれ、あるスキルを習得した後もトレーニングを重ねないと、その道の達人はおろか、ただの「できる」と言えるレベルにすらなれないと思っている人が多いはずです。毎回確実にシュートを決められるようになってもフリースローの練習を続けたり、ある曲を間違えずに演奏できるようになっても、あと1回演奏してみるといったようにです。
何かができるようになった後も練習し続けることを専門用語で「過剰学習」といいます。学術誌『Nature Neuroscience』に発表された最近の研究は、「過剰学習」はトレーニングしたことを「定着」させる役割の脳内物質を変化させるので上達につながるとしています。過剰学習を交えて2つのことを学習するとどうなるのか?
過剰学習が新しいスキルを習得する能力に与える影響を理解するために、研究チームは、「ガボールパッチ」という画面上の線を見て認知する視知覚学習のエクササイズを2つのグループに行わせました。
翌日の事後テストでは、被験者たちは、2つ目に練習したスキルに関しては良い成績を出せましたが、最初に練習した方に関しては散々な成績でした。まったく訓練しなかった場合は、どちらも同じ成績でした。
「新しいスキルを習得したとたんに訓練をやめると、そのスキルに関連する脳の領域はまだ柔らかいままです」とこの研究の著者である渡邊武郎氏は語っています。同氏はブラウン大学で認知・言語・心理学の教授を務めています。
脳は柔軟性があるので、新しいスキルの学習がうまいのです。渡邊氏の研究によれば、あるスキルを習得したとたんに訓練をやめると、その時点で脳はまだ学習モードのままになっています。その後、似たような別のタスクを練習すると、脳はまだ柔らかい状態なので、最初に習得したスキルに新しいスキルを上書きしてしまいます。その結果、最初に習得したスキルはまったく学習しなかったかのように忘れられてしまうのです。
渡邊氏によれば、これは「逆行干渉」と呼ばれており、長年にわたり、認識されてきた問題です。
過剰学習した被験者は、しなかった被験者に比べて最初に学習したスキルに関してはるかに良い成績を出しました。つまり、既に習得したタスクをあと20分間だけ余計に練習することで、長く定着させられることがわかったのです。2つ目のタスクの学習が最初のタスクの学習に干渉しないところが利点ですが、それなりの犠牲を払わなければ得られない利点です。
心理学と脳科学の分野で著名なインディアナ大学教授のRobert Goldstone氏は、同研究には参画していませんが、「この過剰学習に関する研究が他に示すこととしては、2つ目のタスクの習得度は1つ目に比べて低いということです」と指摘しています。
過剰学習をしなかった最初のグループは2つ目のタスクに関してはより良い成績を出しています。しかし両方のタスクの上達を総合的に見ると、過剰学習したグループより劣っていました。言い換えれば、過剰学習したグループは最初のタスクをはるかによく習得して、2つ目のタスクは最初のグループの半分ぐらいの習得度でした。最初のグループは2つのタスクを訓練したにも関わらず、基本的に2つ目のタスクしか学習していませんでした。
過剰学習は「学習したことがほかの学習で上書きされる」のを防ぐ
その後、研究チームはMRS(磁気スペクトロスコピー、磁気共鳴画像法の一種)を使って繰り返し前述の実験を試みましたが2点ほど変更を加えました。1点目は、片方のグループが8ブロックの通常訓練をして、もう1つのグループは16ブロックの訓練することにより過剰学習をする点では同じですが、2つ目のトレーニングは無くしました。2点目は、最初のテストやトレーニングをする前に被験者の脳をMRSでスキャンしたことです。トレーニングの30分後と3.5時間後にも被験者の脳をスキャンしました。事後テストは翌日に行いました。
渡邊氏が発見したこととしては、過剰学習をしないと、脳はグルタミン酸塩性刺激の量が多くなることです。グルタミン酸塩は脳の柔軟性を高め学習しやすくする化学物質です。しかし、過剰学習をするとグルタミン酸塩の量が減り、脳を安定させる化学物質、ガンマアミノ酸の量が増加します。
渡邊氏いわく、「あるスキルを過剰学習すると、脳の状態が柔軟から安定へと急激に変わります」これは、逆から見れば、脳は学習したことが上書きされるのを防ぎながらそのスキルを定着させる時間をより多く取ることになります。
教師が生徒に基本をしっかり身につけてから複雑なことや関連事項を学習して欲しければ、最初の題材を過剰学習させてから次の題材に移り、後日、後に学習した題材を復習するのがよいかもしれません。
しかし、過剰学習に期待し過ぎてはいけないとGoldstone氏は警告しています。過剰学習により得られる効果はたった4週間しかもたないことを指摘する諸研究もあるからです。過剰学習を別の学習方法と組み合わせるべきかもしれません。例えば、交互的学習や多様的学習も効果的であることが実証されています。
「過剰学習は情報処理を滑らかにするというアイデアには賛成です。2つのタスクが干渉しあっているとき、つまりマルチタスキングしていて、疲労感や認知能力の限界がある場合ですが、そういう場合でも素早く反応できるようになります」とGoldstone氏は語っています。
ですから、生死のプレッシャーがかかっている外科医やどんなに疲れ切っていてもパスを決めなければならないクォーターバックには、過剰学習は意味のあることかもしれません。それ以外の人は、過剰学習と他の学習法をうまく見合わせるのが得策でしょう。
How to activate your brain's ability to learn | Popular Science
Kendra Pierre-Louis (訳:春野ユリ)
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